大判例

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大阪高等裁判所 昭和55年(ネ)960号 判決

控訴人

特殊溶接工業株式会社

右代表者

北野舗

右訴訟代理人

菅生浩三

葛原忠知

南川博茂

川崎全司

甲斐直也

丸山恵司

被控訴人

岡田重車輛工業株式会社

右代表者

岡田英次郎

右訴訟代理人

岡時寿

山口勉

主文

一  原判決を取消す。

二  被控訴人は控訴人に対し、別紙目録記載のブルドーザー一台を引渡せ。

三  被控訴人の反訴請求を棄却する。

四  訴訟費用は、本訴反訴を通じ、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

五  この判決は、第二項にかぎり仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人

主文同旨の判決並びに仮執行の宣言

二  被控訴人

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

との判決

第二  当事者双方の主張

次のとおり付加するほか、原判決の事実摘示中の該当部分(原判決二枚目表一一行目から同九枚目表七行目まで)と同じであるから、これを引用する。

(控訴人の主張)

一  本訴(即時取得の成否)について

1 被控訴人の悪意

被控訴人が有限会社石神自動車(以下、単に石神自動車という。)から本件機械を買受けるにあたり、同会社が本件機械の所有者でないことを知つていたことは、次の二点に照らしても明らかである。

(一) 石神自動車は被控訴人にとつて初めての取引先であり、通常ならば慎重な交渉がなされるべきところ、被控訴人は高高一両日で売買契約を締結している。すなわち、石神自動車が本件機械を白川組の工事現場から不法に持ち去つたのは、白川組が第一回の不渡を出した昭和五〇年八月三一日のことであつたが、被控訴人は、その翌日の同年九月一日頃に電話で石神自動車から本件機械を買つてほしいと要請され、現物も見ないまま同月二日代金を一九五万円と定めて買受け、翌同月三日にはその引渡を受けている。そうすると、被控訴人は、右の石神自動車からの具体的な申込みからわずか一両日で本件売買を締結したものであつて、初めての取引先との間で、現物も見ないまま電話だけのやりとりでこのような短時日に契約を締結する理由がどこに存したのか、理解し難いところである。なお、原審及び当審証人楯川正行は、昭和五〇年八月二五日頃石神自動車から電話による申込みを受け詳しい事情を聞いたと証言するが、前記のとおり石神自動車が本件機械を不法に持ち去つたのは同年八月三一日のことであるから、右の証言は信用性がない。

(二) 被控訴人が石神自動車から買受けた本件機械の代金一九五万円は不当に安価である。すなわち、本件機械は、控訴人において整備点検のうえ昭和五〇年二月二四日白川組に五九五万円で売渡していたものであり、白川組が使用したのはわずかに半年間であつて、通常なら後一、二年は簡単な補修のみで十分使用可能な機械である。仮に、被控訴人が本件機械を買受けて後これに一三〇万円の費用をかけたとしても、それは外観を新しく見せるためのいわば仮装の修理ともいうべきものである。

2 被控訴人の過失

(一) 一般的になされている建設機械の販売態様

日本においては、建設機械の大手メーカーはキャタピラー三菱を含め十数社存在するが、各メーカーはそれぞれの指定代理店を通じて土木建築業者等のユーザーに対し、一部の例外を除きその大半について所有権を留保して割賦(平均して二〇か月位の割賦)で建設機械を販売している。このように大半が割賦販売されるのは、機械の代価が高額なことに起因するものであり、右の販売方法はつとに昭和三三、三四年頃から一般化されている。また、ユーザーも、その購入した建設機械をスクラップになるまで使用することはごく稀であつて、大半の機械は下取り又は転売という形で再度市場に流通する。これらの中古建設機械について、メーカー(以下、「メーカー」というときはその指定代理店すなわちディーラーをも含むものとする。)も下取りという形で取得して補修の上再販売するし、また、控訴人や被控訴人のように中古建設機械専門の修理再販業者も介入する。そして、このような中古建設機械の売買において、買主が輸出することを予定した売買とか、業者間売買のようなときは、一般に現金決済をされるが、メーカーであれ再販業者であれ、中古機械を国内のユーザーに販売するときは、やはり殆どが所有権留保付の割賦販売である。これは、中古の建設機械であつてもきちんとオーバーホールがなされるとかなりの高額になるという事情による。そして、当該機械がスクラップになるまで、以上の過程が繰返され、常にメーカーないし再販業者の割賦が残存している可能性がある。

すなわち、以上に述べた事情から、製造後二年程度の機械は新車の売主としてのメーカーの割賦が残存している可能性が高いが、それ以上の期間が経過した中古機械であつても、下取機の売主としてのメーカーないし再販業者の割賦が依然として残存している可能性が高いのである。

(二) トラブル防止のための業界の努力

前記のように建設機械の割賦販売が一般化した一方、昭和四〇年代に入つて、割賦期間中であるのにもかかわらず機械を勝手に処分することなどによる所有権の帰属をめぐるトラブルが多数発生してきたので、昭和四六年六月社団法人日本産業機械工業会(以下、単に産機工業会という。)は、それまで各メーカーが独自に発行していた譲渡証明書の用紙及び形式を統一し、その後も同会建設機械部会が中心となつて、右の統一様式の譲渡証明書(以下、統一譲渡証明書という。)の普及、慣行化を促進するなど、所有権をめぐる紛争防止のための種々の努力がなされている。

(三) 中古建設機械購入時の一般的注意義務

以上のような事情から、統一譲渡証明書が普及する一方で、遅くとも昭和四〇年代後半には、建設機械の業界において、中古建設機械の購入時には割賦の残債務の有無を調査しなければトラブルに巻込まれる可能性があるという認識が一般化し、かつ、これら中古機械を専門的に扱う者としては右の点に十分注意することが業界の不文律とされてきた。

そして、右の点の調査方法としては、(1) 売主から統一譲渡証明書の呈示を求める、(2) それがない場合には、メーカーに当該機械の号機番号を連絡して現所有者が誰であるか確認する、(3) 売主に対しその前所有者名を問いただして、その前所有者に電話などで残債務の有無を照会する、などの方法がある。もちろん、建設機械業界においてこれらの調査が常に行われているわけではなく、すでに何度も取引のある業者間などでは右のような調査を省略して互いの信用で取引する場合もあるが、本件のように初めての取引先である場合には、その相手方がすでに業界で信用のある業者であるとか、信用ある業者の責任ある紹介があつた場合などは別として、右の(1)、(2)、(3)の調査をするなど、所有権の帰属について十二分の注意を払わなければならない。

(四) 本件における被控訴人の注意義務及びその履行の可能性(被控訴人の過失)

以上のような一般的事情に加えて、本件は、被控訴人の営業課長楯川にとつて全く面識のない初めての取引相手である石神自動車が何人の紹介も経ることなくいきなり直接電話で本件機械を売込んできたというものであり、しかも、右の売込みというのは九州からわざわざ運搬費のかさむ大阪へ売却処分しようというのであつて、通常であれば何らかの特殊事情が予想される事案である。したがつて、楯川としては、当然本件機械の所有権の帰属について疑念を抱き、少なくとも前記(三)の(2)及び(3)のような調査方法を講ずべき注意義務があつたというべきところ、同人は何ら右のような調査をすることなく、前記1(一)記載のとおりごく短時日のうちに本件機械を買受けたものである。そして、楯川は石神自動車から右機械の車体番号を聞知していたから、メーカーに照会すること(右の(2)の方法)は同人にとつてきわめて容易であつたし、また、石神自動車に本件機械の前所有者を尋ねて同人の残債務の有無を調査すること(同(3)の方法)も容易にできた筈であるから、右の注意義務を怠つた楯川の過失は甚しく重大なものというべきである。

二  反訴について

1 被保全権利を欠く保全執行による不法行為責任は無過失責任であるとの被控訴人の主張は、最高裁判例(昭和四三年一二月二四日第三小法廷判決・民集第二二巻一三号三四二八頁)に反する。

2 仮に、控訴人が損害賠償責任を免れないとしても、控訴人が本件仮処分執行に及んだことについては、被控訴人側にも過失がある(昭和五〇年九月一七日頃控訴人の依頼を受けた椿義雄が被控訴人方に赴いた際に被控訴人代表者が不信感をそそるような態度をとつたこと)から、損害の算定に当つては右の被控訴人の過失も斟酌されるべきである。

(被控訴人の主張)

一  本訴について

1 控訴人の前記一1の主張(悪意の主張)は争う。

(一) 楯川は、昭和五〇年八月二五日頃石神自動車の代表者石神純人より本件機械を売りたいとの申込みを受けたので、その際同機械の状態を確認した後、さらに被控訴人の九州における専属的取引先である三協商会に右石神自動車の信用状態を聞き合わせるなど、期間を置いて調査したうえ、同年九月三日一九五万円を支払つてこれを購入したものであり、取引期間が短時日であるとの控訴人の主張は失当である。

(二) 本件機械は昭和四五年一〇月に製造されたもので、被控訴人が買受けた当時すでに四年一一月を経過していたのであるから、これに建設機械の損耗度合が他の工業機械と比較して著しいことを合わせ考えると、本件機械の代金一九五万円は通常の取引価額よりも高価といえる。なお、被控訴人が本件機械を購人後これに加えた修理内容は、トラックローラー、キァリアローラー、アイドラー、シューリング及びキャタピラーを新品と交換し、エンジンその他の悪い部分を直し、外部を鈑金塗装したものであつて、これに要した一三〇万円の費用は原価である。

2 同一2の主張(被控訴人の過失の主張)は争う。

(一) 被控訴人が本件機械を購入した昭和五〇年九月当時、中古建設機械業界においては、控訴人主張のような統一譲渡証明書の存在すら一般化されておらず、このような譲渡証明書が同業界に配布、流布されていたことは稀有であつた。また、メーカーは、自己が販売した建設機械について、直接の販売先の名称、残債務の有無についての記録を所持しているものの、その後の所有権の移転関係については逐一掌握していないから、中古機械が転々と移転した場合には当該機械のメーカーに照会してもその所有権の所在は判明しないのが実情であつた。

(二) 右のような中古建設機械取引の現状からすると、通常の割賦期間(二年)が経過して建設機械の所有権がメーカーから買主に移転した後においては、その後の所有権の把握及び残債務の有無の確認が殆ど不可能となるのが実情であつたから、中古建設機械の売込申入れを受けた業者としては、当該機械の状態(外観、エンジン、バケット、機能等)のほか、車台番号、製造番号を確認したうえ、産機工業会発行の製造番号表と照合して同機械の製造時期を調査し、もしそれが製造後二年以上を経過している機械であることが確認されたならば、割賦金は完済されているものと判断して取引すれば足りるものというべきである。

(三) 被控訴人の営業課長楯川は、前記一1(一)記載のとおり、昭和五〇年八月二五日頃石神から本件機械の売込申入れを受けた際、同機械の状態を聞くとともにその車台番号と製造番号を確かめ、前述の製造番号表により本件機械が昭和四五年一〇月に製造されたもので通常の割賦期間を大幅に経過しているものであることを確認し、さらに、石神自動車とは初取引であつたので、その信用状態を確かめるため、当時出張中であつた被控訴人代表者(岡田英次郎)に国際電話で石神と岡田とが知合であることを確認するとともに、前述のように三協商会にも石神自動車の信用状態を問合わせ、大丈夫であるとの返事を得たうえで本件機械を買受けることにしたものであつて、その取引価額も前記一1(二)記載のとおり相当高額であつたから、楯川ひいては被控訴人には何らの過失もなかつたものである。

二  反訴請求について

控訴人の前記二1、2の主張は争う。

第三  証拠関係〈省略〉

理由

第一本訴について

一控訴人及び被控訴人はともに建設機械の修理、販売などを業とする会社であること(請求原因1の事実)、及び被控訴人が本件機械を占有していること(同3の事実)は当事者に争いがない。

そして、〈証拠〉によると、本件機械はキャタピラー三菱株式会社において昭和四五年一〇月製作され(その公表価格は七五〇万円)、同会社の九州地区の総販売元(ディーラー)である九州建設機械販売株式会社からこれを買受けた佐賀市の小城重機建設機械株式会社が昭和四八年一月五日割賦代金を完済してその所有権を取得し、次いで同会社から代金四五〇万円で同機械を買受けた控訴人が昭和四九年一二月三日右代金を完済してその所有権を取得したことが認められ、右の認定に反する証拠はない。

二被控訴人は、本件機械を前所有者である石神自動車から買受けてその所有権を取得した旨主張する(抗弁1)が、石神自動車が同機械の前所有者であつたことについてはなんらの主張立証もないから、被控訴人の右の主張は採用できない。

三そこで、被控訴人の即時取得の主張(抗弁2)について判断する。

1  〈証拠〉によると、被控訴人の営業課長楯川正行は、昭和五〇年九月一日頃被控訴人を代理して、当時本件機械を占有していた石神自動車(代表者は石神純人)との間で同機械を代金一九五万円で買受ける旨の売買契約(以下、本件売買契約という。)を結び、同月三日石神自動車から同機械の引渡を受けたことが認められ、右の認定に反する証拠はない。

2  そうすると、控訴人においてとくに反対事実の主張、立証をしないかぎり、被控訴人は平穏、公然、善意かつ無過失に本体機械の占有を始めたものと推定すべきところ、控訴人は、被控訴人の悪意もしくは有過失を主張するので、まず悪意の点について考えるのに、成立に争いのない甲第一四号証中には、本件売買契約に際して石神が楯川に対し本件機械が自己の所有物ではないと告げた旨の記載があるけれども、右の記載は成立に争いのない乙第二一、第二二号証と対比してたやすく採用することができず、他に被控訴人(代理人である楯川)の悪意を認めるに足りる証拠はない(後記3で認定する諸事実を総合しても、なお右の悪意を推認するには足りない。)。

3  そこで、進んで、過失の点について検討する。

(一) まず、とくに昭和五〇年当時を念頭において、建設機械の取引一般の実情についてみるのに、〈証拠〉を総合すると、一般に建設機械は高価なものであるから、これを土木建設業者らのユーザーがメーカーから新車で買受ける場合には、その代金はおよそ二〇月ないし二四月程度の割賦払いとされ、その間当該機械の所有権は売主に留保されるのが通例であること、ところで、新車を購入したユーザーがこれをスクラップになるまで使い切ることは稀で、下取り又は転売という形で手離すことが多く、また、一方では新車を購入する能力のない零細ユーザー(中小の土木建設業者等)の間で中古建設機械に対する需要が増大したことから、これに目をつけた中古建設機械専門の修理、販売業者(再販業者)も出現し、昭和三三、四年頃からこのような中古建設機械の市場が徐々に形成されてきたこと、そして、右のような中古建設機械の売買においても、国内のユーザーが買受ける場合には、殆ど前示の新車の場合と同様の割賦販売方式がとられていること、このようにして建設機械の流通が活発になるにつれ、関係業者間で所有権の帰属をめぐる紛争が増大し、とくに昭和四三年頃には、盗品の建設機械を専門に取扱うグループが全国的に暗躍したこともあつたこと、そこで、このような紛争を防止するため、国内の主な建設機械メーカーが加入している社団法人日本産業機械工業会(産機工業会)では、建設機械について別紙記載のような統一譲渡証明書を制定し、加盟の各メーカーにその発行を慣行づけることを申し合わせ、これを昭和四六年六月一日以降に代金が完済となる建設機械について実施することとし、そのころから、業界新聞紙上への広告掲載や中古建設機械取扱業者への内容証明郵便等を通じて右の統一譲渡証明書制定の趣旨を関係業者らに宣伝し、同証明書の普及に努めてきたこと、しかし、昭和五〇年当時においては、右の統一譲渡証明書制定の趣旨は必ずしも業界全体には浸透しておらず、代金が完済されたにもかかわらず買主の要求がないなどの理由により右の統一譲渡証明書が発行されていない建設機械も少なからず見られたこと、以上の事実が認められ、右の認定を左右する証拠はない。

(二) 次に、控訴人が本件機械の占有を失つたいきさつについてみると、〈証拠〉によると、控訴人は、前記一で認定したように昭和四九年一二月三日小城重機建設株式会社から代金四五〇万円で買入れた本件機械に整備を加えた後、昭和五〇年二月二四日、福岡県飯塚市の土木業者である白川組こと白川寅雄に対し、同機械を、代金五九五万六一八五円、その支払方法は同年三月から昭和五一年一〇月までの二〇回の割賦払い、代金完済まで所有権を売主(控訴人)に留保するとの約定で売渡す旨の売買契約を結び、即日同機械を白川に引渡したこと、ところが、白川は、右の割賦金を二回分支払つただけで昭和五〇年八月三一日不渡手形を出して事実上倒産したこと、そこで、同日控訴人の従業員が白川組の工事現場に本件機械の引揚げに赴いたところ、すでに何者かが同機械を搬出しようとしており、控訴人の従業員がその後を追跡した結果、同機械が飯塚市内の自動車整備業者である石神自動車に搬入されたことが判明したこと、そこで、同日午後五時頃控訴人代表者が石神自動車に電話をかけ、割賦金支払未了の事情を説明して本件機械の返還を申入れたところ、石神自動車代表者石神純人は、自分の方にも債権があるのでそれが解決されるまでは渡せないとして返還を拒んだこと、翌九月一日朝控訴人の従業員が本件機械の確認をするため石神自動車に赴いてみると、すでに同所に現物はなく、控訴人からの抗議を受けた石神は、「事情があつて他所へ移した」と答えるのみであつたこと、また、控訴人が白川に対し右のいきさつを尋ねても、同人は「誰かが勝手に持出したもので、分らない」と答えるのみであつたこと、そこで、控訴人は四方に手を尽して本件機械を捜索していたところ、同年九月一六日、七日頃に至り、控訴人から依頼を受けていた椿義雄が大阪府摂津市大字鳥飼所在の被控訴人工場で本件機械を発見したことが認められ、右の認定を左右する証拠はない。

(三) 次に、被控訴人が石神自動車から本件機械を買受けた経緯についてみるのに、〈証拠〉によると、石神自動車の代表者石神純人は、本件機械を換価すべく昭和五〇年八月二五日頃かねてその代表者である岡田英次郎と面識のあつたところから被控訴会社に電話をかけ、同機械の買取り方を申込んだこと、当時右岡田は海外出張で不在であり、右の電話は前示の楯川(営業課長)が受けたが、同人は石神に対し同機械の製造番号、車体番号、性能等について確認したこと、さらに楯川は、右の製造番号から本件機械が昭和四五年一〇月に製造されたものであることを確かめ、製造後の経過年数(四年一一月)からしてメーカーと第一次のユーザーとの間の売買契約における通常の割賦払期間は終了しているものと考えたが、石神自動車との取引は初めての取引であつたので、被控訴人の専属的取引先であつた北九州の三協商会に石神自動車の信用状態を問合わせ、大丈夫であるとの返事を得たこと、なお、楯川は、そのころ岡田から国際電話が入つた際、同人からも石神を知つているとの確認を得たこと、同年九月一日頃石神から再度被控訴人に電話があり、石神は楯川に対し代金一九五万円で本件機械を買取つてくれるよう要請したこと、そこで楯川は、後日本件機械の現物を確認したときにその状態が電話での説明と余りに相違するときは代金額を再検討するとの留保条件を付したうえで右の代金額による買取りを承諾したこと、その際、楯川は石神に対し、本件機械についてできればメーカー発行の譲渡証明書を添付するよう申入れたが、石神がそのような譲渡証明書は所持していないと答えたので、楯川はさらに石神に対し、それならばせめて石神自動車自身が発行した譲渡証明書を添付するとともに、加えて本件機械について全責任を負う旨の誓約書を差入れるよう求めたこと、このようにして本件売買契約が成立した後、石神自動車は、前示のように同年九月三日本件機械を被控訴人の許に搬入し、これを自社発行の譲渡証明書(乙第一号証、自動車の譲渡証明書用紙の第一譲渡人欄に石神自動車の記名捺印をしただけのもの)及び右の楯川が要求したとおりの趣旨の誓約書(乙第四号証)とともに楯川に引渡したこと、その後被控訴人は、自己の修理工場で約一三〇万円をかけて本件機械を整備し、これを代金四五〇万円でシンガポールへ輸出する手筈を整えていたこと、以上の事実が認められ、〈反証排斥略〉、他に右の認定を動かすに足りる証拠はない。なお、控訴人は、前記(二)で認定したように石神自動車が本件機械を白川組の現場から搬出したのが昭和五〇年八月三一日であることからすると、石神が被控訴人に最初の売込みの電話を入れたのは前示のように同年八月二五日頃ではなくて同年九月一日頃の筈であると主張する(控訴人の当審主張一1(一))けれども、石神が本件機械についてその占有を取得する以前から予め白川と意思を通じてその売却先を物色していたことも考えられないことではないから、前示(二)、(三)の認定事実は必ずしも相互に矛盾せず、したがつて控訴人の右の主張は採用できない。

(四) なお、〈証拠〉によると、控訴人が本訴において提出した本件機械の統一譲渡証明書(甲第五号証)は、本件紛争が発生した後の昭和五〇年九月二三日に控訴人が前主である小城重機建設株式会社を通じてディーラーである前示の九州建設機械販売株式会社から初めて発行を受けたものであり、控訴人が右小城重機建設から本件機械を買受けた昭和四九年一二月三日頃はもとより、本件売買契約が成立した昭和五〇年九月一日頃の時点では未だ発行されていなかつたものであることが認められ、原審証人酒井三代治の証言中右の認定に反する部分(控訴人が昭和四九年一二月三日頃に右小城重機建設から本件機械とともに右の譲渡証明書の引継を受けたかのように供述している部分)は右の乙第八号証の一・二と対比してとうてい信用できない。

以上に認定した事実関係に基づいて楯川の過失の有無を考察する。

まず、前示(一)で認定した建設機械の取引一般の実情からすると、同一の建設機械について所有権留保の割賦販売方式による売買が何回か反復される可能性が高く、したがつて、機械製造後の経過年数の長短を問わずに常にメーカーもしくは再販業者らの割賦金債権が残存しているおそれが多分にあるといえるから、被控訴人のように中古建設機械を専門に扱う業者としては、製造後相当年数を経過した機械を購入する場合であつても、とくにユーザーもしくはこれに準ずる者から買受ける場合には、右のような割賦金の残存の有無について常に留意し、売主の所有権の存否を調査確認すべき一般的な注意義務を負うものというべきである。本件において、楯川は、製造後約五年を経過した本件機械を自動車整備業者である石神自動車から購入したものであるが、右の石神自動車は建設機械専門の販売業者ではなく、その意味ではむしろユーザーに準ずる者であつたということができるから、楯川において右の一般的注意義務を免れることはできなかつたものというべきである。被控訴人は、建設機械の製造番号等から当該機械が製造後二年以上を経過したものであることが確認されたならば、割賦金は完済されたものと判断して取引すれば足りると主張するが、右の主張は、当該取引の相手方(売主)が第一次のユーザー(メーカーから新車を購人した者)である場合については一応妥当するものの、第二次以降の割賦販売がなされた本件のような事案を考えると、一般的にはとうてい容認しがたい主張である。

そこで、次に、右の所有権についての調査義務の内容、程度について考えるに、前示(一)で認定した統一譲渡証明書制定の趣旨、経緯等からすると、本件売買契約がなされた昭和五〇年九月当時においても、建設機械の所有権の所在についての最も確実な調査方法は産機工業会制定の統一譲渡証明書の呈示を取引の相手方に求めることであつたと思われるところ、前示(四)で認定したところも合わせ考えると、本件売買契約当時本件機械については未だ右の統一譲渡証明書が発行されていなかつたものの、石神自動車が右機械の正当な所有者であれば、多少の日数を要するにせよ、中間の前所有者らを経由して発売元のメーカーから右証明書の発行を受けてこれを入手することができたものと推認できるから、前示(三)で認定したように楯川が石神に対して右証明書の添付を要求したことは、不可能を強いたものではなく、むしろ当然の義務を果たしたものと評するべきである。そして、右に説示したとおりとすると、楯川としては、石神が右の統一譲渡証明書を所持していないと答えたからといつて安易に右の要求を撤回することなく、さらに進んで不所持の理由を尋ね、未だ前主から受取つていないのであれば右のような方法で同証明書を入手してくるよう求め、これにも応じられないとすれば本件機械に対する石神自動車の所有権について強い疑念を抱き、右の疑念を払拭するだけの特別の事由がない限り本件取引を再考すべきであつたかとも思われるが、しかし、他面、前示(一)で触れたように、昭和五〇年当時においては、産機工業会の努力にもかかわらず、未だ統一譲渡証明書制定の趣旨が業界全体に浸透し切つておらず、右の証明書を備えない中古建設機械が少なからず市場に出回つていたことも事実である(このことは、控訴人自身前示のように小城重機建設から本件機械を取得した際に右の統一譲渡証明書の交付を受けていなかつたことによつても裏付けられる。)から、前示(三)のように楯川が石神に対して右の証明書の入手方を強く求めず、また、同証明書を所持していないということだけで石神自動車の所有権について強い疑いを抱かなかつたといつて、これだけで直ちに過失があつたものと断ずることはできない。

しかしながら、さらに進んで考えると、すでに認定したところから明らかなように、本件は、初めての客である九州福岡県の自動車整備業者である石神自動車から大阪の被控訴人に対し、何らの紹介も経ることなくいきなり電話で本件機械を売込んできたものであり、しかも、石神自動車はメーカー発行の統一譲渡証明書はおろか何らの譲渡証明書も所持していなかつたというものであるから、このような場合、中古建設機械の取引に精通していた筈の楯川としては、本件機械に対する相手方(石神自動車)の所有権について相当程度の不審を抱き、相手方の信用調査のみならず、これに加えて販売元のメーカーに照会して第一次の販売先その他本件機械に関してメーカーが収集している情報を確認する一方、取引の相手方である石神自動車に対しては、同機械の取得原因、前所有者名等を確認して売買契約書等の裏付資料の呈示を求め、場合によつては前所有者に直接照会するなどの措置を講ずべき注意義務があり、しかもこのような措置を講ずることが容易にできたはずであつたものと認めるのが相当である。しかるに楯川は、前示(三)で認定したように、本件機械の製造番号及び製造後の経過年数を確認し、三協商会及び岡田に対して石神自動車の信用調査をしたのみで、それ以上前示のような調査義務を尽くすことなく安易に本件機械を買受けたものであるから、楯月には右の義務を怠つた過失があるというべきである。もつとも、楯川は石神に対し、前示のように石神自動車発行の譲渡証明書の交付と誓約書の差入れを要求しているけれども、このような措置を講じたからといつて本件機械の所有権を調査したことにはならず、むしろ、右の誓約書の差入れ要求の事実は、楯川が本件機械の所有権の所在について疑問を抱いていたことをうかがわせるものである。

なお、被控訴人は、メーカーは直接の販売先についての記録しか所持していないから、本件のように中古機械が転々とした場合にはメーカーに照会してもその所有権の所在は判明しないと主張するが、仮にそのとおりであるとしても、右の照会により直接(第一次)の販売先は確実に知ることができるから、さらにその販売先に照会するなどして転売先をたどることもできるし、これに加えて前示の取引の相手方に対する取得原因等の調査を併用すれば、比較的容易に中古建設機械の所有権の移転経路ひいては現在の所有権の所在を確認できるものと思われるから、被控訴人の右主張事実は前示の過失の認定の妨げとはならない。

最後に、本件売買契約における本件機械の代金一九五万円が安価であつたか高価であつたかの点について一言しておくと、すでに認定したように本件機械の新品の公表価格が七五〇万円であること、控訴人が小城重機建設株式会社から昭和四九年一二月三日に同機械を買受けたときの代金が四五〇万円であつたこと、これに整備を加えた控訴人が昭和五〇年二月二四日白川組に同機械を売渡したときの代金が五九五万円余(もつとも割賦払いを前提とする価額)であつたことからすると、これに右の控訴人・白川組間の売買契約時から本件売買契約時(昭和五〇年九月一日頃)まで約六か月が経過していること、及び本件売買契約後被控訴人が約一三〇万円をかけて本件機械を整備しこれを四五〇万円で輸出しようとしていたことを合わせ参酌しても、前示の一九五万円の価額は決して高価とはいえず、むしろ安価であつたと認められるのであつて、この事実は前示の楯川の過失の認定を補強こそすれ、同認定の妨げとなるものではない。

4  右のとおり、被控訴人の代理人として石神自動車から本件機械を買受けた楯川には、右機械の所有権が石神自動車にあると信じたことについて過失があつたということになるから、被控訴人の前記即時取得の抗弁は失当として採用することができない。

四以上のほか、被控訴人はその占有権原について何らの主張立証もしないから、本件機械の所有権に基づいて同機械の占有者である被控訴人に対しその引渡を求める控訴人の本訴請求は理由があるものというべきである。

第二反訴について

一請求原因1の事実(被控訴人が本件機械の所有権を取得したこと)が認められないことは、前記第一の二、三で説示したとおりである。

二そうすると、被控訴人が反訴で主張している控訴人の不法行為は、本件機械に対する被控訴人の所有権の存在を必須の構成要件(被侵害利益)とするものであることはその主張自体から明らかであるから、前示のとおり右の所有権の存在が認められない以上、右不法行為の成立する余地はなく、したがつて、被控訴人の反訴請求は、その余の点につき判断を加えるまでもなく失当として棄却を免れないものというべきである。

第三結論

以上の次第で、控訴人の本訴請求は正当として認容すべく、被控訴人の反訴請求は失当として棄却すべきものである。

よつて、右と結論を異にする原判決は不当であるからこれを取消し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、八九条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(唐松寛 野田殷稔 鳥越健治)

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